仕事

次々に辞めていく先輩達と社内待機の私

次々に辞めていく先輩達と社内待機の私衝撃を受けてから、私の中で『大勢の人たちに役立つもの作りたい』という欲求が出てくるようになった。

正直、新米の私にとっては分不相応な想いだ。と当時の私は考えていた。

将来はそういうものを作りたい・・・と、その後の私を左右する大きな言葉となったのは違いない。

 

 

プロジェクトを終えて

程なくして、私は全工程のテスト作業を終え、プロジェクトを抜けた。

後にも先にも、新卒社員として働いた中で、一番過酷で一番楽しかったプロジェクト。

 

乗り越えられたのは、先輩の存在が大きい。

とても面倒見が良く、親身になって相談にも乗ってくれたし、時には叱ってくれた。

バカ話をしたり、仕事帰りや休日に遊びに連れて行ってくれたことで、私の精神は保たれていたのかもしれない。

 

大学生時代にダーツにハマっていて、先輩もダーツをしていたことから知り合いを誘って行ったり、食事に連れていってくれた。

どんなに辛い仕事内容でも、それを吹き飛ばせる程楽しい時間を同時に過ごした。

私がプロジェクトを抜けてからも、先輩はプロジェクトに携わり、大きな結果を残したと後になって聞いた時には自分のように喜んだ。

 

次のプロジェクトに向けて

会社に戻ってからは、また待機する日々が続く。

また少し時間が出来たので、勉強に没頭した。

いや、勉強する他なかった。

今回は待機は私だけで、そろそろプロジェクトを終えるチームがあるので、それまで待機となった。

 

次のプロジェクトでは少しでも前進したい。

まだまだ知らないことが沢山ある。

この頃になると休みの日も勉強に時間を費やすことができ、希望にも満ち溢れていた。

 

しかし、不安要素もジワジワと沸いてきていた。

私が帰ってから先輩が2人、クビになった。

2人とも私を可愛がってくれた先輩だっただけに、ショックが大きい。

その内1人の先輩はプライベートでも付き合いがあり、よく遊びにいっていた。

同時ではないが私が戻ってからパタパタと辞めていき、自主退社していった。

 

そして、ある噂話が私の耳に入った。

 

「営業、仕事とって来れなくて困ってるみたい・・・」

 

この時点で先輩が自主退社した為、営業は社長の家族だけだった。

私は先輩と同じ単価で契約したことを問いただしたかったが、グッと堪えていた。

 

この時はその状況を全く分かっていなかった。

家族経営とはどんなものなのか。

 

少ししてから、プロジェクトを終えた先輩が合流し、次のプロジェクトが確定した。

また持ち込みの仕事で社内での作業だ。

次の私の上司は年配の丸っとした上司だった。

 

そしてこれが携わる最後のプロジェクトとなった。